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わら製ラグ

小森の日記

 

 

 

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タキタテサマの加護を喜ぶ声が、村に満ちている。

今年の稲はすでに黄金色を帯び、育ちが早すぎるほどだ。

けれど、妙なことがある。

田の近くにいた獣が、突然死んでいた。体が黒く腐っていた。

それでも人々は目をそらし、実りを喜び続けている。

 

あの神がくれるのは、本当に“祝福”なのだろうか。


 

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一人の村人が倒れた。

「畑の前で奇妙な鈴の音を聞いた」と言っていた。

その夜、彼は泡を吹いて苦しみ、叫びながら死んだ。

 

長は「神の怒りを買ったのだ」と言った。

だが俺には、祟りのように思えた。

タキタテサマは“守り神”ではない。

俺たちは、怒りと罰を受け取っているのではないか。


 

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祠が再び開かれた。

その中には、白い仮面をつけた神官が立っていた。

誰かが人として入ったのではなく、

神が“入ってきた”ようだった。

 

その口から発せられる声は人のものではなかった。

金属のように響き、意味はわかるのに、心に届かない。

人々はひれ伏し、祈りを捧げていた。

 

俺は背筋が凍った。

それはもう、“祈り”ではなく、“服従”だった。


 

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ウカ様の部屋が、閉じたままになっている。

俺は夜中にこっそり覗いた。

 

そこにはまだ、乾いた香の匂いと、残された鈴の音があった。

何も動かされていない。誰も近づかない。

村人たちは、ウカ様を「神に至らなかった器」と呼ぶようになっていた。

 

それが一番、悲しかった。

ウカ様は、誰よりも優しく、弱さを抱えた“人”だったのに。

どうして、その死をなかったことにするのだろう。


 

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俺は夢を見た。

田の真ん中で、タキタテサマが笑っていた。

笑顔の奥の、真っ赤な目だけが、俺を見下ろしていた。

そこには、ウカ様の面影も、祈りもなかった。

 

ただ、飢えがあった。

 

この神は、与えてなどいない。

奪いながら“満たしているふり”をしている。

 

気づいたときには、俺は祠に米を供え、ひとりで呟いていた。

 

「……お願いです、どうか、ウカ様を返してください」

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