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「日記が渡るまで」――血の繋がり、記憶の導き

 

 

 

 

【数十年前:村の最後の目撃者】

 

かつて、廃村となった山奥の集落に、政府の調査団が一度だけ入った記録がある。

すでに家屋は朽ち、祠も崩れ、神の気配さえ土に埋もれていた。

 

だが、調査員の一人が、ぼろぼろの米袋の奥から古い和綴じの日記を見つける。

内容は判読困難だったが、地名と“米”の信仰に関する記述だけは残っていた。

 

「豊穣の神と、その依代となった少年の話。

 そして、災いと共に現れた仮面の神の記録――。」

 

報告書は未公開のまま保管され、そのまま忘れ去られた。


 

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【現代:籠詞鮫の部屋】

 

「……また、妙な夢を見た」

 

籠詞鮫は、自分でも説明できない記憶の残滓に悩まされていた。

子どもの頃からときどき見ていた、赤い瞳の少年と、白い祠の夢。

 

引きこもりの生活の中、偶然ネットで見つけた古民俗学者のページに

――「米神信仰があったとされる幻の村」の話があった。

 

その村の名は、かすれた文字で「ウ村(うむら)」と記されていた。

 

「そこは、ウカという神の声を聞く子供が祀られていた村――」

 

鮫はなぜか、その“ウカ”という名前を知っている気がした。

そして、勝手に身体が動いた。


 

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【村跡地:雑木林の奥】

 

重い空気の中、朽ちた祠の跡地にたどり着いた鮫は、

木の根元に不自然に盛り上がった土を見つける。

 

掘り返すと、そこには小さな陶器の箱。

中には、米粒と、ぼろぼろの紙片が入っていた。

 

その文字は、かろうじて読めた。

 

> 「……俺は、それだけを、残したかった。」



 

手が震えた。

何も知らないはずなのに――彼の中で、“何か”が目覚めた。

 

夢で見た鈴の音が、はっきりと脳裏に響いた。


 

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その日の夜

 

日記を読み終えた鮫は、涙を流していた。理由はわからなかった。

ただ、胸の奥が、割れるように痛んだ。

 

「……ごめん。

 おまえ、……ずっと、ひとりだったんだな」

 

誰に向けた言葉かもわからず、

彼はそっと、日記の上に白米を一粒、供えた。

 

その瞬間、部屋の空気がふと揺れ、

どこからともなく――小さな鈴の音が鳴った。


 

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それは、廃れた信仰が、“祈り”として戻ってきた最初の瞬間だった。

小森が遺した記録と想いは、

ついに、血を引く者の手に渡り、静かに息を吹き返した。

 

そして、

その日記は、ウカの元にも運ばれることになる――。


 

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