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わら製ラグ

小森の日記

 

 

 

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ウカ様のお声を、もう三日聞いていない。

部屋の前に膳を置いても、食事が減っていない。

けれど、時おり鈴の音が、かすかに響く。

…まだ、生きておられるのだと信じている。


 

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今日も、誰もウカ様に会えなかった。

白い布を一枚隔て、祠の奥からは気配があるような、ないような。

村の者たちは、口々に「神様は眠っている」と言う。

けれど、私は怖い。

あの沈黙が、あまりにも…寂しすぎる。


 

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鈴の音が、消えた。

 

俺は、食事を下げに行くふりをして、

布の隙間から、そっと中をのぞいてしまった。

 

…ウカ様は、膝を抱えて座っておられた。

その小さな身体はまるで壊れそうで、顔は見えなかった。

でも、感じたのだ。

「もう、だれにも会いたくない」

そんな、冷たくて、哀しい心の声を。


 

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誰にも言わず、俺はまたあの部屋を訪れた。

けれど、今度は何も感じなかった。

 

白い布を、ほんの少しだけ持ち上げて、

――俺は、ウカ様の亡骸を見つけた。

 

冷たく、痩せ細り、ただ静かに、座ったまま。

その掌には、小さな米粒が一つ、握られていた。

 

神様として、誰にも泣かせず、誰にも触れさせず、

ウカ様は、ひとりで逝かれたのだ。


 

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今日、村では何も告げず、

ただ「神の祠を閉じる儀式」が行われた。

 

俺だけが知っている。

あの部屋で、ウカ様が泣いていたこと。

ひとりぼっちで、誰かを思いながら、死んでいったこと。

 

…俺は、それを忘れない。


 

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